地元の埼玉県から国際社会へ

衆議院議員 山川ゆりこが、地元の埼玉県から国際社会へと目を向けるようになった過程をご紹介します。


草加でのびのびと育った子供時代

子供時代のイラスト

1969年8月14日 埼玉県草加市神明町に生まれる

1982年 草加市立草加小学校卒業

学校が大好きで、勉強・運動・給食なんでも好きでした。鼓笛隊、市内バスケットボール大会、学級活動etc沢山の思い出があります。

1985年草加市立草加中学校卒業

部活動(吹奏楽)に明け暮れた3年間でした。先輩からうけた厳しい指導と、皆で一つのハーモニーをつくっていくことを通して、大切なことを学びました。


世界に目を向け始めた青春時代

1988年恵泉女学園高等学校卒業

高校では園芸や福祉、国際的視野や宗教など、様々なことに触れる機会がありました。それらを通じて、「自分はどう生きるべきか」、思春期でしたので、真剣に考えました。園長先生がいつもおっしゃっていた「若き日に自分のアイデンティティを確立するように」という言葉が忘れられません。

1992年恵泉女学園大学英米文化学科卒業

国際関係の分野で論じられている「南北問題」を知り、自分が「先進国」に生きていることについて、随分悩みました。

トレッキングのサークル、美しい山にふれ、厳しい山行で鍛えられ、「山仲間」との楽しい時間をすごしました。

1年生のとき、タイの農村で集会所をつくるワークキャンプに参加しました。地球上に時を同じくして、自分の生活と全く別の時間の流れ・生活があることに、大きな感激を覚えました。


NGOを通して世界と政治活動について学ぶ

1993年・96年 英国大学院終了

イーストアングリア大学(ディプロマ)で開発学を、ハル大学で東南アジア研究(修士)を専攻しました。 1校目で勉強中、「現場」をしらないことに疑問をおぼえ、”フリー”になって、ネパールやインド、インドネシアにいきました。特にインドネシアの学生やNGOの人たちの生き方から、地に根をはって「不正義」と闘うことについて教えられました。

1996・7年(株)トステム

派遣社員として働きました。半年間くらいでしたが、企業で働かせてもらい、大変勉強になりました。

1997年 日本インドネシアNGOネットワーク

インドネシアの人々との草の根の交流と、インドネシア関係の情報提供、日本政府への政策提言等の活動を行う団体にいました。インドネシア大好きの人たちが集まっています。

1998年~2003年(NGO)ピースウィンズ・ジャパン

国際人道支援を行う民間の団体です。緊急支援、復興支援、生活支援などを行っています。いろんな事業を担当しますが、主にインドネシアのパプア(ニューギニア島の西半分)で、先住民の人たちと生活向上に向けた活動をしていました。

※ピース ウィンズ・ジャパンは、NPO法人(特定非営利活動法人)として1999年に法人格を取得していますが、世界で活動を展開しているため国連などで一般的に使われるNGOと表記しています。


自分の住み慣れた地域から誰もが大切にされる社会づくりを決意

写真:よさこい2010に参加する山川百合子

2003年 埼玉県議会議員に初当選

2007年 県議会議員2期目当選

2010年 瀬戸健一郎草加市議会議員(当時)と結婚

2011年 県議会議員3期目当選

2015年 県議会議員4期目当選

  • 東京スカイツリーを埼玉県東部の観光の起爆剤に
  • マタニティマークを県内鉄道全線に普及(「願うときにこうのとりは来ますか」が県内市町村に婚姻届けを出すすべてのカップルに配布される)
  • 政務調査費の全面公開を実現
  • 自転車ブルーレーンを県内全域に整備
  • 男性不妊への助成制度が全国に先駆けてはじまるワーク・ライフバランス推進を提案

常に弱い立場の人々に光をあてる政治活動を展開中

2017年 衆議院議員 初当選

現在、衆議院外務委員会所属

  • 立憲民主党 外務・安全保障部会事務局長
  • 立憲民主党 長妻政調会長補佐

山川ゆりこの歩みと政策 PDF版

山川ゆりこのあゆみと政策はこちらのPDFでも写真入りで紹介しております